資料

置いときます

草原の夢

※これはキテが2012年ごろに書いた小説です 登場人物の名前が「おじさん」「桜」なのは当時見ていたアニメFate/Zeroの影響です

 

 

「草原の夢」

 

たまには日記を書こうと僕は思った

「日記をかかないとどうなるの?」

「多分かちこちに肌が固くなってしまうんだ」

僕は曖昧な返事をした。足元に風が入り込み、僕はインナーシューズを履こうと思う。桜は肌がかちこちになった僕を想像しようと頑張っていた。

「おじさんはいつも厚着だね」

グレン・グールドの真似をしてるんだ」

「ドナルド?」

「そう、ドナルド。ハンバーガーを売ってくれる」

ハンバーガーならわたしも好き」

「僕も好きだよ」

 


冷たい毛布の内側は、驚くほど柔らかく、温かかった。

これなら素足になったほうがいいかもしれない。

遠くでネズミが行列を作って引っ越しをする音が聞こえる。

チチチチチ

「おじさん、今日はどんな夢みる?私は双子になる夢」

「僕は草原に寝転ぶ夢かな」

「いいな。じゃあ私が双子になったらおじさんの夢にお邪魔していい?」

前髪が頬に垂れたので僕はそれを本来の場所にもどしてあげた。

チチチチチ

「いいとも。ぜひ会いたい」

「じゃあお邪魔するね。チイちゃんも、マアちゃんも呼んでいい?」

「それは友達かな」

「んんん。アリだよ」

「アリは困るな」

チチチチチ

 


僕は草原に生えたリンゴの木から、熟れたリンゴが一つ落ち、そのリンゴにアリが群がるのを想像した。

全ての悪意が落ちたリンゴの方に向いてくれればと願った。

チチチチチ

 


雪の道のように静かに桜は眠る。

そして僕は眠れない。いつものことだ。

僕はオセロの黒の部分を想像し、そして光沢一つない完璧な闇を思い浮かべる。

その闇は動かない。音もたてない。

すべての光を吸い込み、すべての振動をすいとる。

そんな闇。

 


親切なネズミが一匹、群れをはずれてやってくる。

「あのう、すいません。この辺りの砂防が決壊します」

「急になんですか」

僕はネズミがあまりにも丁寧にお辞儀をするので、話を聞いてみようと思った。

「ネズミたちにはわかるんです。人間のみなさんが無理にねじ曲げた利根川が、本来の位置に戻ろうとする気持ちが」

僕はなんとも言えなかった。明かりはつけなかったが、暖房はつけた。

キロリロリローという音を立て、エアコンが起動する。

「F22ATYS-Wですか」

ネズミはため息をもらしながら言った。

「なんのことです」

「このエアコンです。この音を立てるエアコンは世界広しと言えど99年製のこの型しかありません」

「特殊なんですか」僕は利根川の気持ちについて考える。

「他の機種にはついてない機能です。99年のF22ATYS-W。ああ素晴らしいな。人助けに来てよかった」

ネズミは両手を胸の前で組んで、今にも賛美歌を歌い出しそうな目のつむりかたをしている。

「この子を起こさないでくださいね」

「この家を洪水に沈めるわけにはいきません」ネズミはきりっとした表情でいった。

僕は複雑な型番を持ち合わせたエアコンに感謝しなくてはならない。「ええとエフニイニイ」

「F22ATYS-W」

「エフニイニイエーティーワイエスダブリューありがとう」

 


僕は桜を残し、寝巻の上にダッフルコートを着込み外にでた。

雨は全く降ってないが、地に生ける全ての者に凶兆を告げるように、雲が次々と姿をかえ、移動していた。

「まずどうすればいいんです」

「大量の火薬を用意します」

大量の火薬。

「そんなものどこにあるんですか」

「心配いりません。おそらく仲間たちがかき集めてくれています」

「頼もしいですね」

「ネズミに隠し事はできません」

「火薬は何に使うんですか」

「砂防を爆破します」

砂防を爆破。

「ワイルドですね」

「チュウちょしてる暇はありません」

ネズミは遠くを見つめ、仲間が戻ってくる影がないか探していた。

僕は笑うべきだったのだろうか。

 


町中の火薬をあつめた箱をもち、僕らは砂防へと向かう。

まるでハーメルンのテロ行為だなと僕は思う、大量のネズミ。町中の火薬。砂防。

悪しき風が中々着火を許さない。

僕は砂防の上から落ちないか不安になりながら、マッチをする。

「がんばってください。この砂防を破壊すれば、川は軌道を変え、あなたの家は助かります」

丁寧なネズミは遠いところから僕に見えるように大きく手を振ったが、僕にはその声がいささか迷惑だった。

桜。

僕は家で寝ている桜のことを考える

きっと夢のなかで双子になったはいいが、遊びにいくべき草原が見当たらず途方にくれているだろう。

意地の悪い太陽や、無慈悲な乾燥が、夢の中の桜をからからにしてしまうのではないかと僕は嫌な気分になった。

 


着火が済むと、僕はすぐに砂防からはなれた。

雷が中庭の池に落ちて校舎中に反響するような、大きい音が鳴った。

僕は目を塞ぎ、耳を塞ぎ、口は大きくあけた。

「やりました。砂防は粉々です」

ネズミたちはそこらじゅうでトントンはねながら僕の破壊行為をよろこんだ。

「帰っていいかな」

「ええ、これであなたと、あなたの家と、F22ATYS-Wの受難は消え去りました」

「本当によかった」

本当によかった

 


家につくと、僕はダッフルコートを脱いで、火薬の匂いがついていないかかいでみた。

全ての悪夢を消してくれそうなファブリーズを何回かふりかけ、うがいをした。

ともかく、これですべては終わったんだ。

僕は幸福な毛布と従順なマットに挟まれ、まぶたを閉じた。

「おじさん」

「起こしちゃったかな」

「どこに行ってたの」

「砂防を爆破しに、利根川の上流に」

「んんん」

「でももう終わったんだ。大丈夫、草原の夢をみるよ」

 


僕はあっという間に眠りに落ちた。まるで夢に入る為には、闇も質量も、呼吸さえもいらないのかと思わせる眠りだった。

映像が僕を包み、肌はここではないどこかの感触を僕に伝えた。

そこは僕がずっと求めていた草原の肌触りだった。

風は親切と善意に満ちていて、そっとゴミをまとめてから帰る訪問者のようだった。

太陽は、春分秋分の日のように折り目ただしく地球を温める時間を守った。

僕はその草原に一人寝転び、双子の桜が来るのを待った。

 


「お邪魔します」

「お邪魔します」

「やあ」

 


あとはリンゴが全ての悪意を引き受けてくれればいい。